発話行為論
発話行為論:言葉で私たちは何を行うのか
ご注意:本稿は言語学の概説です。発話行為論をIEMTに応用する考え方は、IEMTの有効性を示す臨床的根拠そのものではありません。クライアントの言葉の意味は決めつけず、本人の理解を確認してください。
言語とコミュニケーションの研究において、J・L・オースティンが提唱し、のちにジョン・サールが発展させた発話行為論は、言葉が情報を伝えるだけでなく、行為を遂行する働きも持つことを理解するための枠組みです。Integral Eye Movement Technique(IEMT)のような心理的支援の場面では、この視点を用いて、支援者とクライアントのやり取りを形づくる繊細で、ときに明示されない力学を検討できます。
「言うこと」から「行うこと」へ
オースティンは、言語は事実を述べるための手段(事実確認的発話)にとどまらず、行為を実行するためにも使われる(行為遂行的発話)と考えました。支援者が「分かりました」と言うとき、それは自身の心的状態の説明であるだけでなく、クライアントの体験を受け止めるという行為にもなります。サールはこの考えを、コミュニケーション上の機能に基づく、より体系的な発話行為の分類へと発展させました。
発話行為の種類
サールは発話行為を主に次の5種類に分類しました。
- 断言型(Assertives)―話し手が、命題を真実として示す発話。例:「その反応は理解できます」
- 指示型(Directives)―聞き手に何らかの行為を促す発話。例:「その記憶について、もう少し話してください」
- 確約型(Commissives)―話し手が将来の行為を約束する発話。例:「この話題には後ほど戻ります」
- 表出型(Expressives)―心的状態や感情を表す発話。例:「ここまでの進展をうれしく思います」
- 宣言型(Declarations)―発話そのものによって社会的な状態を変える発話。例:「これでセッションを終了します」
心理的支援の場面では、これらの発話がクライアントの受け止め方、期待、感情反応に影響する可能性があります。
発語内の力と発語媒介効果
発話行為論では、発話によって話し手が何を行おうとするかという発語内の力(illocutionary force)と、その発話が実際に聞き手へ及ぼす発語媒介効果(perlocutionary effect)を区別します。例えば「初めてそう感じたのはいつですか」という質問は、記憶の想起を促す意図を持つ一方で、予期しない感情や連想を引き起こすこともあります。
IEMTにおいても、この区別は重要です。言葉の選び方によってクライアントの注意の向きが変わり、支援の目的に役立つ場合もあれば、意図せず混乱や抵抗感を生む場合もあります。
心理的支援における発話行為
心理的支援では、発話の受け取られ方は共有理解と文脈によって異なります。「ここで少し止まりましょう」という言葉も、関係性によっては協働的な提案と受け取られる一方、唐突な中断と感じられることがあります。同様に、「このパターンが気になっています」という表現が内省を促す場合もあれば、防衛的な反応につながる場合もあります。
使用している発話行為の種類とその影響の可能性を意識することで、プラクティショナーはコミュニケーションを見直し、意図が明確で倫理的配慮のある働きかけを目指せます。
IEMTにおいて発話行為論が重要な理由
IEMTプラクティショナーが発話行為論を専門的な注意事項として取り入れることで、次の点を検討できます。
- 意図の明確化―どのような発話行為を行っているかを理解し、支援の目的を見失わないようにします。
- 倫理的配慮―話し手の意図と聞き手への実際の影響の両方を意識し、誤解のリスクを減らします。
- 信頼関係と協働―発話の形や調子を調整し、信頼と協働を支えます。
発話行為論は、心理的支援では「何を言うか」だけでなく、言葉が支援の過程で「どのように働くか」も重要だと示します。この視点は、言葉の使い方を、倫理的でクライアント中心の支援に合わせる助けになります。
参考文献:
- Austin, J. L. (1962). How to Do Things with Words. Oxford: Clarendon Press.
- Searle, J. R. (1969). Speech Acts: An Essay in the Philosophy of Language. Cambridge: Cambridge University Press.







